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目的をもって
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     先日K・S先輩から「役の目的を持つように」との助言をいただいた。彼は4年生で過去には部長も務め、外部の実力ある劇団の演出助手をなさったこともある人で、僕の最も尊敬する先輩のひとりである。ただ最近丸坊主頭にピアスという、初対面の人間を威嚇しかねない格好をなさっていて、お会いするたび少しビビるが。

     

     うまく文章にできないが書いてみる。作品全体を通しての、役の目的というか信念。これを見つけて、それを貫く演技をしないと、その役のキャラクターにお客さんが共感できず、面白いものにもならない。作品中の役の感情の流れにしても、役の目的が定まっていれば自然なものとなるが、そうでなければ「え?ここでそういうかんじなの?今までと矛盾してない?」ということになる危険がある。K・S先輩のお話をもとにまとめてみると、大体こんなかんじのことである。

     

     

     皆さんは漫画をお読みになるだろうか。僕は際立って多く読むほうではないが、漫画家を目指していた時期に漫画の作り方についてちょっとだけ勉強していた。僕はこの「役の目的」に、漫画のキャラクターと通じるものがあると思う。

     いわゆる「キャラが立っている」というやつである。一つの目的や信念を持ち、それに沿って行動や発言をしている様が見ていてわかるキャラクターは、面白い。キャラが立っているからだ。では逆に、キャラが立っていない登場人物は、見ていてどうか。おそらくつまらないだろう。一貫したものがなく、何がしたいのかわからない。それを見て僕たちは「こいつキャラ立ってないな」と批判するのだ。

     受け手側として漫画を読んでいた時には大事なことだとわかっていたことが、作り手側として演技をしているとわからなくなってしまう。

     

     

     漫画に限らず、小説や映画などの作品でも、どの登場人物も必ず一貫した目的のもと動いていると思う。「何がしたいのかわからない」というのが目的というキャラクターは絶対にいなくて、何がしたいのかわからないような行動や言動をとっていたとしてもそのキャラクターの中では何か求める目的があり、自分なりに動いた結果「何がしたいのかわからない」と見なされてしまうだけなのだと思う。だからつまり、「何がしたいのかわからないようにしよう」と思って何がしたいのかわからない役を演じるということは決して無いのではなかろうかということだ。

     

     現実の生活にこそ、そういう人間がいるのではないだろうか。「こいつ何してるんだ」「こいつ何がしたいんだ」と他人に対して思ったことが、誰しも一度はあるだろう。しかし、結果的に「何がしたいのかわからない人」という烙印を押されたとしても、その人はその人なりに何か目的を持って行動/発言しているのだと思う。

     仮に、そういう役の演技をすることになった場合、それは自分自身なのだから、「こいつ何がしたいんだ」と思う周囲の側ではなく、目的を持って行動/発言する本人の側にいなければならない(だから、その目的が何なのかもちゃんとわかっていなければならない)。

     

     

     少し話が脱線したが、ひとまず書こうとしていたことは全部書いた。もうここで終わりとする。途中からは思ったことを手探りで書いているにすぎないので、参考程度に思っていただきたい。

     

     

    新入生歓迎公演第二弾『ミラージュメモリー』 役者・南雄也

    | 中大二劇 | 2018年度新歓公演 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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